歴代館長あいさつ
歴史に涙して、感性を磨く場
人の生活道具は時代を語る生き証人ほど雄弁です。なんの変哲もない家族写真も往事茫々の過去を現在によみがえらせてくれます。各種の証明書も問わず語りにその社会が何を証明し、何を監視するのか、を物語っています。渡航証明書を例にあげれば文字がすべて赤インクで書かれています。さて、赤インクの意味するものはなにか、それは差別・偏見・警戒・監視だと思います。苦難の歴史の始まりともいえます。
資料館に展示しているほとんどのものは、在日同胞の寄進によるものです。資料の一つ一つは、寄進してくださった同胞一人一人の歴史を語っています。本名を消された小学校の通信簿から名前を変えられた子供の戸惑いの顔が浮かびます。飴売りのハサミからは厳しい生活のなかでも愉快に振る舞うお父さんのリズムが聞こえます。祖父のアルバムから解放を迎えた同胞達の希望に満ちた雰囲気が伝わります。
若い世代にとって資料館に展示しているものすべてが祖父母時代の歴史証明であり、一つ一つが じぶんの、ルーツを知る歴史書であります。資料館は祖父母の時代を思い涙をする感性を磨く場であります。展示を30分見るだけで祖父母の自叙伝を、在日の歴史書を一冊読んだと言えます。
日本全国にこれだけ在日同胞の資料が集まっているのはここ、在日韓人歴史資料館しかありません。開館以来8年間、全国の同胞たちの関心と協力があり充実した展示品をもった資料館に成長したと思います。いまや資料館は同胞社会の歴史を伝える中核的役割を果たしているといえるでしょう。これからも資料館はどこかに埋もれているはずの資料を発掘し、歴史を伝えて行こうと思います。資料館開館10年を向けて、同胞社会のさらなる関心と期待をよせて下さいますよう、心よりお願い申し上げます。
〈初代館長プロフィール〉
姜徳相(カン・ドクサン、1932年2月15日~2021年6月12日)慶尚南道咸陽に生まれ、二歳で家族と来日。早稲田大学文学部卒業、明治大学大学院博士課程満期修了。一橋大学教授を経て滋賀県立大学名誉教授。著書に『関東大震災』(中央公論社、1975)、『朝鮮独立運動の群像』(青木書店、1984)、 『朝鮮人学徒出陣:もう一つのわだつみのこえ』(岩波書店、1997)、『呂運亨評伝』1~4(新幹社、2002~19)、『錦絵の中の朝鮮と中国』(岩波書店、2007)、編著に『現代史資料』朝鮮1~6(みすず書房、1963~76)、『時務の研究者 姜徳相―在日として日本の植民地史を考える』(姜徳相聞き書き刊行委員会編、三一書房、2021)などがある。