展示品解説 展示品解説 < ブラウン島玉砕者名簿と自由韓人報
展示品解説
お札に表れた侵略性
祖母の手作りミョンベ
生活必需品のヨガン
思い出のソクパジ
本名消された通信簿
東京大空襲の罹災証明書
旅行カバン
手作り太極旗
大阪府朝鮮人登録証
防犯ポスター
協和会手帳と外国人登録証
60年前の建国学校
阪神教育闘争
在日コリアンとパチンコ業
1960年代のバタヤ部落
金文善さんの血書
ブラウン島玉砕者名簿と自由韓人報
戦犯刑務所で使われたタオル
傷痍軍人
崔承喜と孫基禎
映画「君と僕」
幸せ運ぶコッカマ(花輿)
朝鮮トラ

ブラウン島玉砕者名簿と自由韓人報

ブラウン島玉砕者に関する名簿資料
マーシャル諸島のブラウン環礁で戦死したとされた労働者290人のうち邦人は55人で、残りの235名のほとんどは朝鮮半島から強制動員された朝鮮人だった。
当時日本人を邦人、朝鮮人を「鮮系人」として区分し名簿を作成。名簿は所属をあらわす配置部署と認識番号はもちろん死亡場所と死亡病名まで記載されるが、邦人の詳細な記載とは違って「鮮系人」はごく簡単に明記された。朝鮮人の死亡と関連する情報は全くない。強制動員された朝鮮人は労働現場においてはもちろん死亡後にも明白は差別をうけた

自由韓人報
戦時中、日本軍に土木作業員などとして徴用された後、南方の島々で米軍の捕虜になり、ハワイの収容所で暮らした朝鮮人が発行した週報。第7号付録には、ハワイ収容所にいた約2600名の朝鮮人収容者が出身地域別に朝鮮名で書かれている。
日本軍が作成したとされるマーシャル諸島のブラウン環礁(現エニウェトク環礁)の「玉砕者名簿」と比べると、同一とみられる朝鮮人が6人いて、実際には生き残り捕虜としてハワイに連れて行かれたとみられる。
これは愛知県に住んでいた故裵貞順(1922~2010)さんの亡夫、朴根穆(1914~1969)さんがハワイから持ち帰ったもの。朴さんは1944年に日本で海軍軍属として徴用され、グァム島で捕虜になりハワイの収容所に入れられた。